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ふざけてる人のふざけてないブログ

日本語ラップ.xyzというサイトの管理人の独り言。 Twitterが向いていないので、こっちに書くことにした。このブログはギャグとか全然かまさない予定なので面白くありません。

失言について考える。

今日は失言について書こうか。
失言というのは、失礼な発言のことだと思うのだが、普通に、一度や二度は経験して痛い目に遭っている人は世の中にいっぱいいるだろう。痛い目に遭って、次、しないようにと、気を付ければ、失言は無くなるはずだ。
しかし、一定数、そうじゃない人達がいる。何回やっても、直らない。その度に、人に嫌な思いをさせているのは分かるのだけど。
何で、こんなことを書いているのかと言えば、私がそういうタイプだからだ。そして、一番恐れていたことを実際にやってしまったからだ。私は、人と接する上で何を一番に考えるかと言えば、失言だ。たちの悪いことに、相手を知れば知るほど、私は、酷いことを言う傾向がある。傾向があると言ったのは、自分でも計り知れず、困っているからだ。(そもそも、"~だ"という口調すら、偉そうに聞こえるなら、変えるが、無駄が無いので、そうしているだけなので、悪意が無いことを伝えておく。)
もう、時効だと思うから、一つ中学校の事例を話す。
私は、中学校の社会の先生と、仲良くなった。くそ真面目な先生だ。先生のアゴが長かったので、定規で計測したり、資料をばらまいたり、名札を奪ったりしていた。(ていうか、まず、ため口で話してた気がするし…。)どう考えても、怒られる案件である。よく、あの先生は耐えたなと思うし、仲良くしてくれてたなと未だに不思議でならない…。
これで、本人が故意にやっていたり、悪意があってやっているなら、まだ、救いようがある。
私には、その悪意が無い。上手く言えないが、冗談の延長線上に失礼な行動があるのだ。だから、失礼な事をしていると気づくまでに、時間がかかる。もしくは、言われなきゃ一生気づかない。さっきの、先生の例で、改善されたのが、一年から半年かかっている。注意されなかったから、余計に気づけなかった。
だったら、注意すれば、直るのかと言えば、そんなことは無かった。高校の部活動の顧問の先生に対しても度々やらかしている。
部活動の先生を蔑ろにしてたのではなく、むしろ尊敬してたぐらいなのだ。それでも、先生に「親しき仲にも礼儀ありという言葉を知っているか?」と説教を受けるくらいに、失礼な事をしている。部活動の先生は、ちゃんと注意するタイプの先生だった。注意される度に、失礼な事だと認識はするのだけど、キリがない。
どうしたら、いいのか分からない。
私は、関わった人を、怒らせるか、うんざりさせるか、その自信だけは凄くある。
でも、2つ対策がある。

1、人と深く関わらない事
2、冗談を言わない

不思議と対外評価は上がるから、無難にそうしていれば、問題ない。人付き合いが薄っぺらくなってる原因なのは、分かっているが、不快に思わせるより良いと思ってる。
そんな極端な事をしなくても、注意すれば、良いと言う人もいると思うのだけど、それが今まで出来てないから、そこに到達している。これに関しては、自分が一番良く分かっている。20年以上こうなのだ。もう、自分でも、本当に頭おかしいんじゃないかと思っている。
いつも、頭の片隅には失言しないようにと思って、文章も書いている。それでも、失礼な事を書いていた。(それを思っていなかったら、もっと酷いことを書いている可能性がある。)ずっと、やらかすと思っていたけど、本当にやらかした。
私と関わる人は、本当に、可哀想だと思う。何回、注意しても呆れる程、失礼をはたらくからだ。やったことに対して、悪意は無いけど、罪悪感はある。
それを許容して欲しいと思って、書いたのではなく、自分で危なっかしいの分かっているから、書いている。また、やらかしそうな気がするからだ。
無礼に関して、これは、本当に謝る。ごめんなさい。
でも、次、同じ事をしないと約束しかねる。また、やる可能性がある。気をつけても、自覚が無い。
凄くおかしなことを言っているんだけど、事実だから、笑えない。無責任なのではなく、困っているから書いてる。おかしかったら、注意して欲しい。

頭のなかでは、私に関わった人には、感謝の気持ちと私に関わらない方が疲れないで済むのだから放って置いた方が良いんじゃないかという気持ちが半分くらいずついつも存在している。
もし、私と同じような人がいるなら、それは、同情する。


読んでくれたら、ありがとう。

以上。