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ふざけてる人のふざけてないブログ

日本語ラップ.xyzというサイトの管理人の独り言。 Twitterが向いていないので、こっちに書くことにした。このブログはギャグとか全然かまさない予定なので面白くありません。

教祖誕生っていうか、「信仰」について。

教祖誕生

教祖誕生

  • Creepy Nuts(R-指定&DJ松永)
  • ヒップホップ/ラップ
  • ¥250

「教祖誕生」を聞くと、「信仰」のことについて私は、話したくなってしまう。このブログは、CreepyNutsの事なんて毛ほども書くつもりがない。「信仰」について個人的な意見をだらだら書いているだけだ。でも、物凄く物好きな人で、私がCreepyNutsについて書いた記事が読みたい人が居たら、この記事(http://xn--9ckxbwcz403azlbtz6h.xyz/2017/03/24/chosa2/)から辿って欲しい。

さて、前置きはこの辺にして、本題に入ろう。私は、 一応、大学を卒業している。但し、夜間大学だ。とりあえず、書類さえ通れば受かると言っても過言ではない。正直に言おう。私は一度そこに受かったが、もう一年勉強したら流石に昼間部に受かるだろうと、浪人している。

英語が苦手な自覚があったので、英語だけ予備校に行って勉強した。しかし、全く覚えられなかった。もし、英語が得意な人がいるなら、教えて欲しい。私は、高校の時からずっと引っ掛かってる文法の疑問がある。「This is a pen.」の和訳は「これはペンです。」だ。「This=これ」「a pen=ペン」ここまでは良い。「is」は何なんだよ。「is」は、「は」なのか「です」なのか?辞書にはさ「~は~です」だって書いてあるんだよ。でも、おかしいだろ。アメリカ人の感覚になった場合、絶対「は」だと思うんだよ。だって、「Pen」の後ろにピリオド付いてるんだぞ。あの人達、絶対「これはペン。」って言ってる。そうすると、「です」が問題になってくる。「です」は何処に行ったんだ?私の中では、これを「です」のゴースト化現象と呼んでいる。そう考えると、文法は訳わかんなくなってくる。

こんな状態なので、また、昼間部を全落ちした。挙げ句もう一度夜間しか受からなかった。ある意味、快挙である。見た目こそ、勉強出来そうなのに、あんまり頭が良くない。あまり、見た目で良い思いをしないので、ANARCHYさん、よろしく髪の毛を青くしてしまえば良いのではと思ったことがあるが、絶対似合わないので止めている。

しかし、夜間というのは、私のようにどうしようもない奴ばかりが通っている大学なのではない。大学の称号を取りに来た社会人の人も居れば、経済的理由で通学している若い子、老後に学問を納めに来ている人、昼間部から夜間部に来た人、理由は様々だ。学部こそ合っても、あまり学部関係なしに法学、経済、商学から、学べたので結構取れる授業の幅は広い。そして、その幅広さ故か、教養の授業に一つ、とんでもないものが混じっていた。授業名を言うと大学が特定されそうなので、内容だけ紹介するなら、スピリチュアルについての授業が教養で選べた。しかも、普通の宗教の授業なのではない。ほぼ毎回、ゲスト講師がやってくる。占い師、新興宗教の教祖、元信者、スピリチュアルの仕事をしてる人、月と交流できるおばさん…etcもう、この時点で、「お前、嘘ついてるだろ」と言われそうだが、私が卒業するまでは本当にあった授業なのだ。(卒業後、何故か廃止に…)教祖誕生どころか、教祖降臨…リアルな教祖の話を聞けるレアな授業だった。私はもちろん即決で選択した。

そして、授業の中身もぶっ飛んでいた…
その授業はメイン講師がいて、彼が展開する持論の補足のため、ゲスト講師の授業があると言う形式で授業が成り立っていた。メイン講師の話は本当に謎だった。とりあえず、簡単に言うと、この世界に次元があって階層があってみたいな、パラレル世界や異次元世界があるみたいな、まずそれが存在する前提で話が進むので、常人の私には、理解不能だった。一歩間違えたら、その辺のメンヘラと変わらない論理展開である。そして、そんな世界を信じる人々と、そんな世界の住人達(?)が、ゲスト講師なのだ。その授業は、結構でかい講堂で行われていた。ゲスト講師は本当にユニークだ。ちょうど私の座っていたあたりの横のスペースを指さし「悪い気が溜まっているから、私はそこに近づけない。」とか言い出すくらいにはユニークだった。だったら、私はどうなるんだ?死ぬのか?と思いながら、聞いていた。吹き出さなくて良かった。他には、月とお話できるおばさんは見た目が普通だが、月のぶれた写真を、手振れじゃなくてどうやってもエラーになると熱く語り、月との交流の話をして来た。(そのカメラ、一回修理出さないか。)決まって、こういう人達の交流の話は、地球の危機に関連する話になる。環境とか、平和とか…月が言ってくるんだって。

一応、言っておくが、私は、別にその人達を侮辱したい訳じゃない。すげぇ、胡散臭いけど、その人達なりに信じる理由もちゃんとあって、無闇に信仰してる訳じゃ無いと言うことは分かった。でも、何で、その人達が、特別な立場で、そういう力を持っていて、私達に、その力がないのかという点で、既に差別じゃないかと思っていた。私には選民思考のように見えて、しょうがなかった。平和を訴える前に、人は、平等であるべきじゃなかろうか。私が、馬鹿だから理解出来なかったのだとしたら、馬鹿なままで良いとさえ思えた。別に、ゲスト講師全員がそうだった訳じゃ無い。ある占い師の人は、「千円払って、占いするぐらいなら、やり方覚えたらいいのよ」と言って、やり方を教えた上で「占いはただの統計学だ」と言いきっていた。(メイン講師が焦って度々妨害してた)そのくらいの気持ちの方が、私は、好きだ。本当に、訳の分からないことを言う人たちには、Red Pillを飲ませた方が良さそうだ。多分、飲んだ瞬間ぶっ倒れるだろう。まあ、いい。勝手に信じる分には自由だ。だが、本当に、熱心になってしまう人もいて、それはちょっとマズイんじゃないかと思っていた。前列に陣取り、よく質問にも行ってたし、確かに、優等生と言えるかもしれない。でも、なんだか、信者みたいだった。儲けるって漢字に見えてきた…そうかそうか。商学部だったので、別な意味でその仕組みに感心した。ちなみに、この授業の評価で、私は、A評価を貰っている。信じてない奴が、そんな評価取れる授業なんて、たかが知れているだろう。

さっきから言ってる通り、私は、この手の類いが好きじゃない。漠然と嫌い言ってるのではなく、結構、調べた上で言ってる。
私は、○藤○○(これで誰か分かったら天才だわ。)の本で、題名が凄い長いやつを知り合いから進められて読んだことがある。まあ、内容は「自分の幸福論」についてだ。一言で言えば、スピリチュアル系の自己啓発本だと、私は思った。薦められて読んだが、半分ぐらいで止めた。理由は、「人生なんて所詮ギャグ。」と抜かしていたからだ。「緊張した時は、そういう風に思えば良い」って事で言ってるんだとは思う。でも、真剣に生きてる人には失礼な気がしてならなかった。正直に言う。私だったら、薦めないどころか買うなって言うかもしれない。問題はこれだけじゃない。作者の幸福論は、確かに、結果として幸せになる方法を提示している。しかし、曖昧な表現すぎて、どうとも取れてしまうのだ。この本を凄く辛い精神状態の人が読んだら、何人かは救われたって言うかもしれない。でも、捉え方を間違えそうな表現の仕方が多々、散見している。幸福論はというのは、個人の主観的な体験談でしかないはずだ。何故、それを全体に当てはめようとする。読んだ人が、間違って人生踏み外したらどうするんだろう。幸福論って大体そういうことを平気で言ってたりするから、怖い。こういうのを、信じて何も考えずに実行するやつは確かに馬鹿だ。でも、発信した人間の罪はもっと重い。誰だって幸せになりたい気持ちはあるんだ。真似する人がいるということを考慮したんだろうか。
こういう本を読んでも、幸せになれない人がいるのは、何でか知っているか?理由は人生に攻略本が無いからだ。
一人一人違う人生を歩んでいるのに、同じ信条で救おうだなんて、そんな、おかしな話は無いだろう。人はロボットじゃない。心までは同じ部品で出来てない。
これは、信仰だって同じ事が言える。
人には様々な事情があるんだし、一人一人話も聞かないで、救うなどと、抜かすのは、嘘つきか身の程知らずだと思う。そんなことを言ってる奴がいるなら、一度疑った方が良い。あと、金銭だとか、利益が発生してるような信仰なんてものは信じなくていい。信仰は、モノじゃないから減価償却しないはずだ。普通に考えて、維持するための共益費は発生しないはずだろう。もう、その時点で、どこか破綻している。別なことに、お金を使った方がよっぽど幸せになれると思う。ネットでスピリチュアルって検索すると、大体、自分勝手なことが書いてあるのに、何で信じるんだろう。信じたら幸せになるとか、馬鹿になるだけだぞ。よく考えて欲しい。私は、スピリチュアルだろうが、何だろうが、考え方が正しければ、信仰はしないが、参考にはする。無闇に、「信じれば救われる」とか抜かすやつは、とりあえず、おかしいと思った方がいい。あれは、結果論での幸福論だ。漢さんだって「俺は媚びでも恨みでも笑顔で買い取る便利屋 汗水垂した金はどんだけ綺麗なのか教えてくれよ」って漢流の極論では言ってたけど、「やっぱり法律犯したり 人騙したりはせずに金儲け アホくさいけど 満更バカにはできない」ってmy money longでは言ってる。金稼げれば何でも良いって訳じゃないんだよ。だから、幸せになれれば、何でも良いって訳じゃないと思う。私の言うことは、おかしいんだろうか?

今こそ、ああいうのは「おかしい」って具体的に言えるが、本を薦められた時は、「変だ」と思いつつも具体的に指摘出来なかった。だから、曖昧に相づちしたことを後悔してる。もし、君達はそういうの薦められたら、ちゃんと考えてみたほうが良い。時間かかっても良いから、友達が変な本を読んでたら、おかしいって言ってあげなさい。私が言いたいのはそれだけだ。

何かの間違えで最後まで読んじゃった人達に感謝だ。読んでくれてありがとう。

以上。